帰納法で考えたら、浮気は悪いことではなくなる!?
最近、著名人の浮気に関する報道をよく見聞きします。
最初のうちは「バカだなあ」と思っていたのですが、あまりにその頻度が多いと、論理的にいろんな事象を処理するのが好きな私は、帰納法で考えそうになります。
帰納法で考えると、浮気も別に悪いことじゃないじゃない、となってくるのです。
帰納法とは
帰納法とは論理的推論法の1つで、複数の事実や事例をもとに法則や原理を類推し、導き出すものです。
例えば、こんな感じ。
【事例】
・私は青汁を飲んだら便秘が解消された。
・夫は青汁を飲んだら便秘が解消された。
・ママ友Aも青汁を飲んだら便秘が解消された。
【結論】
青汁は便秘解消に効果がある。
日々耳にする浮気の報道を帰納法に当てはめると
日本は平和なんだな、と思うくらい毎日のように著名人の浮気の報道にマスコミは時間とパワーを割いています。
芸人だったり、俳優だったり、大学教授だったり、ニュースキャスターだったり、政治家だったり。
これを帰納法に当てはめてみると。
・ある芸人が浮気をした。
・ある俳優が浮気をした。
・ある大学教授が浮気をした。
・あるニュースキャスターが浮気をした。
・ある政治家が浮気をした。
となります。
芸人と俳優だけだったら「芸能人は浮気をするものだ」という結論になっていたでしょう。
でも、浮気をしたら立場上リスクが高い人たちまでもが浮気をしている事例が多くあるわけです。
そうなると、「誰でも浮気はするものだ」という結論が見えてきませんか!?
浮気はなぜだめなのか
こうなると、そもそも浮気はなぜダメなんだっけ、と原点を確認したくなってきます。
某有名商社に就職した男友達が昔「浮気の1つもできないヤツは出世なんてできない」と言っていました。
これが帰納法から導かれた彼の結論だとしたら、某有名商社の役職についている方々の多くは、きっと浮気をされているのでしょう。
そして、その男友達の周りでは浮気は悪いことではなく、むしろ当然の事なのでしょう。
浮気の事実を共有するコミュニティや相手によっては、浮気は責められるものになっていないのです。
つまり、浮気がダメだというのは、価値観の問題につきるということ。
浮気を取り締まる法律はありませんから。
不思議なのは、自分は浮気をしている人に限って、他人の浮気を激しく否定することですね…。
赤信号みんなで渡れば怖くない!?帰納法の欠点
みんな浮気をしているから、自分もしてもいいんだ。
これはまさに「赤信号 みんなで渡れば 怖くない」です。
Aさんは赤信号を無事に渡れた。
Bさんも赤信号を無事に渡れた。
Cさんも赤信号を無事に渡れた。
だから、みんな赤信号を渡っても大丈夫だ。
という帰納法です。
そう、帰納法には欠点があるのです。
帰納法は類似した「事例」を集めて結論を「類推」する手法です。
集めた「事例」が偏っていたり、例外的な事例を拾い漏れていたりする可能性があります。
また、「類推」なので、導かれた結論が必ずしも正しい「真実」とは限りません。
帰納法から導かれた結論通りにいかないことも、あり得るのです。
いろんな立場の人が浮気をしている事例は数多くあるけれど、だからって、「誰だって浮気をするものだから、浮気を許容する社会にしましょう」とはなっていないわけで。
マスコミの浮気の報道は、アンチ浮気のスタンスによるもののように見せかけて、実は「みんなやってるならいいじゃん」というあおりのようにしか見えてならないのは私だけでしょうか。