発達障害の子どもを育てるのはとてもしんどい 気持ちの負担を軽くする何かを探しながらギリギリの毎日

発達障害をもつ子どもは年々増えてきていると実感します。
発達上の課題によって日常生活に支障があれば診断名が付きますが、そこまでではないと判断されると診断名はつかず、本人の「特性」ということになります。
とても育てにくい小学5年生の息子に診断名はついていません
でも怒りの感情のコントロールが難しく、自閉症の薬を飲んでいます。

先週も学校で問題行動を起こして、学年会議にかかったという連絡を受けました。
薬も飲んでいるし、息子への対応も気を付けているし、やれることはやっている今、親としてできることは事後対応だけです。
先生からの長い報告電話に凹みながら、そしてへこへこしながら対応し、それを受けて家族会議をし、今後に向けてどうするかの報告書を担任宛に書く。
先生への申し訳ない気持ちもありますが、それ以上に、息子に対する先生や学校の当たりがきつくならないようにするためです。
親が何をやっても無駄だからと、子どもの世話を放棄すれば、学校も対応が雑になると思います。
また、親がきちんと見ているから、そして対応に関して必要な情報を渡しているからこそ、学校も相応に対処してくれるんです。

あとは友達関係の根回し
息子の友達のママ友たちとはなるべく連絡先を交換し、息子が普通ではないことを伝えたうえで、こまめなフォローを入れます。
面倒な子どもと関わるのはやめさせたい、と思う親もやっぱりいると思うんですよね…。
どうせ遊ぶなら、普通の子がいいに決まってる。
親がせめて普通にコミュニケーションを取れる人間性がある、と伝えることで息子への対応も変わってくるだろうと信じています。
あとは同じクラスの女の子たちを見かけたら、「息子が迷惑をかけてたらごめんね。」と言ってみたり。

毎日息子のために気を張っていろいろな対応を頑張っていますが、あまりに息子の失態がひどかったり、連発したりするとやっぱり気持ちが凹んで、いろいろ放棄したい気持ちにもなります。
だんだん慣れてきて、ドーンとこい!とはならない。
息子の年齢が上がるにつれ、社会的な期待値もどんどん上がっていきますしね…。
期待値と実際とのギャップがどんどん広がらないようにしないといけません。

犯罪者の親の気持ちがわかると思ってしまうときも、なんで自分がここまで苦労しなければならないんだろうと思ってしまうときもあります。

息子を生んだ時からずっと、ぎりぎりの綱渡りです。
ちょっと縄が太くなって安定してきたと思った次の瞬間に、その縄がちぎれかかっていることに気づくなんてことばかり。
ぎりぎりでも、息子がなんとか社会で独り立ちできるようになるところまで、渡り切りたい。

息子が「ママ好き」と寄ってきてくれるときがあるのが救いです。
同じように発達に問題のある子どもを育てている友達や知り合いとつながることも大切です。
子どもだけでなく、親も服薬で精神の安定を保つことだって選択肢です。

心の負担をふっと軽くできる方法も探して、増やしながら、ぎりぎりでも持ちこたえ続けよう。

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